賃貸では大幅な改造は行えませんが、気持ちよく暮らす為に色々と手を加えたくなります。また経年劣化にも対処したいところ。
我が家は釘を使わずに、細い針で棚やフックをつけいます。
気分転換で棚やフックを移動した後に残る小さな穴。
地味に気になり、穴埋めパテで奇麗に埋めました。すると今度は壁紙の剥がれが気になりだして、、、室内の美化がどんどん進む。背景の壁が整うと、それに近接した置物の配置や汚どにも目が向く(以後、繰り返し)
逆に言うと、気になりつつも放置すると汚れが増えても許容し続ける事になるのでしょう。
こうして書くと神経症ぽく見えますが、強迫的な行動、精神状態ではないですよ。次々に穴を見つけている時は若干のめり込んで、ゲーム感覚はありますが。
補修後の生活はとても穏やかで清々しいです。小さな綻びを補修すると、他の部分へと意識が移り室内が奇麗に保てるようになったと思います。ちょっとずつ美(整理整頓)の基準が上がる感じ。
ひとつクリアすると次が見えてきて、それに対処して、また次に、、、を繰り返す。
小さな事も行動が伴うと、結果として大きな変化に向かうのだなと実感しました。
そこで思い出したのが、NYで行われた「割れ窓:Broken Window」政策
治安が悪化するまでには次のような経過をたどる。①建物の窓が壊れているのを放置すると、それが「誰も当該地域に対し関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作り出す。
②ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになる。
③住民のモラルが低下して、地域の振興、安全確保に協力しなくなる。それがさらに環境を悪化させる。
④凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。
したがって、治安を回復させるには、・一見無害であったり、軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみはきちんと分類して捨てるなど)。
Wikipediaより
・警察職員による徒歩パトロールや交通違反の取り締まりを強化する。
・地域社会は警察職員に協力し、秩序の維持に努力する。
部屋の乱れを、治安の乱れと同一視するのはちょっと飛躍しすぎと思われますか?
さらにお家では、荒らす人(治安を乱す人)vs直す人(パトロールする警察や地元民)が同一人物で、自作自演じゃないかと突っ込まれそうですが、意外と一人二役いけるもんです。
一人二役なので終結も、どちらを排他するわけでなく穏やかです。
この理論の根本にある
「私は(あなたに、この場所に)関心を持っています。小さな事も見過ごしません」という態度は、
過去にフォーカスして相手を責める、非難する事だけが強調されると断罪的になりますが
大切に扱いたい、扱っていこうと、今と未来にフォーカスする事で、お互いを大切にする視点を持てるように思います。
巡り巡って、自分を慈しむ大切にする態度に繋がり、心の安寧が得られるのかなと思いました。自己完結的な幸せを、おうち生活では得られます。
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